ニ、不文律
まず薫が決めたのは、男の呼び名だった。
徹夜明けで働かない脳味噌を叱咤して、薫は壁際に座る男の正面で噛んで含めるように言った。
「あなたが緋村剣心だと言うのなら、そうなんでしょう。それはもう私もどうこう言うつもりはないわ。
でも呼び方は別にさせて頂戴。両方を剣心と呼ぶのじゃどうにも区別ができないから。
そうね、あなたの姿を見る限り、剣心というより抜刀斎の方が正しい呼び名の気がするのだけど、どうかしら」
十字傷もなく髪型も昔の剣心のそれと同じ。言葉遣いもござる口調は欠片もない。
一人称が『俺』なことから、薫は自然と『抜刀斎』がしっくりくるのではないかと思った。
男は眉を寄せてそっぽを向いた。
「そう呼びたいなら、それでいい」
「気に入らない? じゃあ抜ちゃんにする?その方が呼びやすいし」
「…薫の好きに決めればいい」
「……」
男が臆面もなく敬称無しで自分を呼んだことで、薫は少し目を見開いた。普段剣心が自分を呼び捨てにすることは滅多にない。
「じゃあ…抜ちゃんで決まりね」
「か、薫殿…今更なことを聞くようだが…」
後ろで黙って控えていた剣心がおずおずと口を挟んだ。
「なあに?剣心」
「その…その者もここに住まわせる、ということでござるか…?」
「そうだけど。だってあなたもそのつもりでここへ連れて帰って来たのでしょう?」
「いや、まぁそれは…」
振り向いた薫の言葉に、剣心は困ったように言葉を濁す。
壁際の抜刀斎が「だから連れて帰ってきたのは俺の方だ」と再度呟いたが、薫はとりあえずそれを無視した。
「この家から放り出したらそれはそれで大問題になるでしょう? 同じ顔した人間が片方はここに居て片方はここじゃない所に居たら、
それでどうなるかなんて考えただけで恐ろしいわよ」
「それは…そうでござるな…」
「今の時点でこの状況に説明なんてつかないし解決する手だてもないけど、とりあえず様子を見るしかないじゃない」
淡々と述べる薫の言葉に、剣心はそれ以上反論しなかった。彼女の目が据わっていて、もはや剣呑な空気がダダ漏れになっていたから。
たぶん薫はもう疲れきっていたのだ。寝ていない頭はこれ以上の思考を拒否しつつあった。
林の中とはいえ一晩寝こけていた――気絶していたともいう――剣心たちと違い、薫は一睡もしていない。
何か事件に巻き込まれたのではないかと心配しながら気をすり減らして待っていたところに、とどめを刺すように非常識な事態がやって来た。
「とりあえず、私はもう寝ます。剣心はお風呂に入って着物は洗って干しておいてね。乾いたら破れたところ、直すから。
それから弥彦の所に行って今日の出稽古は一人でお願いって伝えて来て。私は急病とか『あの日』だとか、もう理由は適当に言ってくれていいから」
「承知したでござる」
気だるそうに立ち上がった薫はのろのろと居間の出口へ向かった。廊下に出ようとして、思い出したように立ち止まる。
「それから抜ちゃん。あなた。あなたは黙って外に出ないで。とりあえずしばらくの間はこの家の敷地から勝手に出るのは禁止よ」
「なん…」
「なんで」と言いかけて、抜刀斎はしぶしぶ口を噤んだ。薫の眼孔がもう本当に殺伐としていたからだ。
「わかった…この家の敷地からは出ない」
「そうして。じゃあ、お休みなさい」
そう言って薫はフラフラと自室へ向かった。一刻も早く布団に倒れ込んでしまいたい。
そして願わくば、目覚めた時にはこの出鱈目な状況が元の通りになっていて欲しい、と思いながら。
***
「はぁーーーーー!!!?????」
けたたましい絶叫が家中に木霊して、薫の睡眠が無情に終了させられたのは、午後二時を過ぎたころだった。
生き倒れるように眠りについてからは約六時間。普段の睡眠時間にはほど遠い。
意識が浮上しきらないうちに二度寝を決め込もうと夏用布団を頭から被った薫は、
スパーンと開け放たれた障子から顔を出した弥彦がギャンギャンと吠え立てたことで再び夢の世界に赴くことはできなかった。
「おい薫起きろ寝てる場合じゃねぇだろどういうことか説明しろ!」
「…弥彦うるさい…私昨日は徹夜で寝たの朝になってか」
「うっせぇもう二時過ぎだそんだけ寝りゃ十分だろ!いいから起きろ!!」
無理矢理はぎ取られた布団に縋ったが、弥彦は薫の手が届かないところにそれを蹴りとばしてしまった。
「もうなんだってそんなに騒ぐのよ…」
「なんでもへったくれもあるか!どうして剣心が二人居るんだ!」
恐慌状態で喚く弥彦に詰め寄られて薫はようやく思い出した。
そうだそういえばそんな阿呆みたいな状況がこの家で起きていたのだった。どうやら目が覚めたら夢でした――とはいかなかったらしい。
「あれか?俺は頭がおかしくなったのか?これは夢だな?そうか夢かじゃあ俺を一発殴ってくれ」
唾を飛ばしてまくし立てる弥彦の頭を言われた通りに張り手で叩く。我ながらいい音が響いて、弥彦は薫の横に突っ伏した。
「…いってぇ…」
「そうでしょ痛いでしょ。生きてるって素晴らしいことよね」
「剣心が…剣心が…」
うつ伏せで呆然と呟く弥彦を宥めるように薫は静かに息を吐いて答えた。
「ええ剣心が二人居るわね。残念ながら、現実ね」
急に自分一人に押しつけられた出稽古を終えてヘトヘトになった弥彦が神谷道場へと来たのは、つい先ほどのことである。
朝方に破落戸長屋にやって来た剣心が『薫殿はちょっと調子が悪いようだからすまぬが今日は一人で頼む』と言ったので、
仕方なく他道場へは一人で向かった。目当ての剣術小町が来ないと知った出稽古先では八つ当たりのように門下生達から挑まれて、
弥彦の心労と疲労はいつもの何倍も多かった。体調不良なら仕方がないが嫌みの一つでも言わなきゃ気がすまない。
そう思いながらこの家の門をくぐった弥彦が目にしたのは、庭で洗濯物を干す剣心と、縁側でいくつもの竹刀を手入れするもう一人の剣心の姿だった。
「まぁあんたの気持ちはよくわかるわ。私だって今朝見たときは信じられなかったもの」
居間のちゃぶ台に置かれた湯呑みに麦茶を注いでやると、弥彦はそれを一口で飲み干した。
「木から落っこちて石に頭ぶつけて気がついたら二人に分かれてましたって…んな馬鹿な…」
朝に剣心から聞いた話を伝えると、弥彦はまだ放心状態から抜けきれないようにぽかんと口を開けて繰り返した。
庭では剣心が薪割りを始めている。そしてもう一人――薫は『抜ちゃんと呼ぶことにした』などとふざけたことを言っていた――は縁側で、
古くなった竹刀の修理を黙々とこなしていた。弥彦がここへ来て絶叫を上げた時も、薫と二人で居間に戻った時も、
彼はちらりと一瞥をくれただけで作業の手を止めることはなかった。その排他的な空気は到底弥彦には近寄りがたく、見知った緋村剣心とはほど遠い。
「いやいやいや。いやいやいやいやちょっと待てよ」
「何を待つのよ」
薫は明け方まで縫って途中で止めていた浴衣に針を通しながら尋ねる。
「どう考えてももっと他に可能性の高いのがあるだろう」
「可能性の高いのって、例えば?」
顔を上げた薫に心持ち顔を寄せて、弥彦はできるだけ声を抑えて言った。
「また雪代縁みたいな逆恨みしたどっかの馬鹿が、剣心そっくりに仕立て上げて送り込んできた刺客かもしれないだろ」
至極真面目な顔で囁いた弥彦の言葉に、薫は肩を竦めて首を振った。
「どうやったらあんな何から何までそっくりな人間を『作れる』っていうのよ。仕立てようと思ってできるもんじゃないでしょ」
「お前そっくりの屍人形が作れる奴が居るなら生きてる人間の顔を作り替えられる奴が居てもおかしくないだろうが」
「見た目だけじゃなくて知識や記憶もあるのよ。朝に私もいくつか質問したけど、どれも正しい答えが返ってきたもの」
「そんなの前もって調べようと思えばいくらでも調べて覚えられるだろ――」
そこまで言って弥彦はピタリと口を噤んだ。縁側で竹刀の修理をしていた抜刀斎がいつの間にかこちらをじっと見ているのに気がついたからだ。
見ているというより睨んでいる。限界まで声を落としていたのに、どうやら今の会話は彼の耳まで届いていたらしい。
「と、とにかく。頭打ったら増えたなんていうけったいな話しは、俺は丸っと信じるつもりはないからな」
やけくそのように言い切って弥彦は立ち上がった。
「帰るの? 夕飯食べて行きなさいよ」
「帰る。もう今日は疲れた。帰って寝る」
「…そう」
とりあえず眠ってしまいたいと思う弥彦の気持ちは薫には非常によく理解できたので、それ以上引き留めることはしなかった。人間思考を整理するには睡眠が一番だ。
「あ、このことは他の人には――」
「言うわけないだろ。言ったって誰が信じるもんか――」
廊下に出た弥彦は立ち止まって縁側に目を向けた。抜刀斎も弥彦を見ていた。
数秒の間奇妙な睨み合いをして、弥彦は何かを言おうと口を開き、結局何も言わずにぷいと顔を背けて玄関へと向かった。
「あの子あれでも結構気をつかってたのよ」
続いて居間から出た薫が抜刀斎に向かって言った。
「面と向かってあなたに食ってかからなかっただけ、よく自制できてたと思うわ」
「…わかってる…別に気にしてない」
抜刀斎は表情を変えず、再び竹刀の手入れを再開した。修理が終わっていないものが残すところ一・二本。積み上げられた修理済みのものが十本強。
――手先の器用さまで同じなのだな――と思いながら、そのつるりとした綺麗な左頬を薫はしばらくの間見つめていた。
***
突然始まった奇妙な三人暮らしの中で不文律のようなものが出来上がるのに、それほど時間はかからなかった。
真っ先に『慣れた』のは、意外なことに剣心だった。
慣れたというよりも、『気にとめなくなった』という方が正しいかもしれない。彼はまず神谷家における自分と抜刀斎との住み分けをさりげなく決めてしまった。
朝起きて、朝食の用意をするのは剣心だ。ほぼ同じ時間に起き出す抜刀斎には台所への立ち入りを一切許さなかった。
抜刀斎も彼は彼で台所に入るつもりもなかったのか、朝起きると真っ先に道場へと向かい、そこで一人瞑想などしているようだった。
薫はもちろん二人よりだいぶ遅くまで寝ているので、彼女が起き出す頃にはいつも通りの素晴らしい朝食と、既に稽古の準備が整えられた美しい道場が用意されている。
朝食が済むと剣心は洗濯と掃除を始め、片や抜刀斎は何かの修理や補修――彼は実にうまく家の中から『壊れているもの』や
『もっと機能的に改善できそうなもの』を見つけ出してくる――を始める。どうやら炊事洗濯の家事万般については剣心が、
それ以外の日曜大工的な作業は抜刀斎がこなす、という暗黙の了解のようなものが二人の間で決められたらしかった。
買い出しのような家の外に出なければならない用事は、ほとんど剣心がこなした。
同じ顔をした人間が同時に外に出るわけにはいかないので、薫は抜刀斎には外出禁止を言い渡したままだった。
しかしその言いつけをあっさりと破ったのも、剣心だった。
「今日ね、帰って来る時にいつもの八百屋さんの前を通ったんだけど、そしたらそこのおじさんに呼び止められてね」
三人での生活が始まってちょうど一週間が経った日。夕食の席に着いた薫が向かいに座る剣心に切り出すと、剣心は一瞬しまったという顔をして視線を泳がせた。
抜刀斎は居間には居なかった。彼は食事の時間になると必ずどこかへと姿を消す。この家の敷地内には居るのだが、
薫が探して一緒にご飯を食べようと声をかけても決まって首を横に振った。どうやら三人で顔をつき合わせて食卓を囲むというのが嫌なようで、
いまだ薫は彼が食事をしているところを見ていない。用意された膳はいつのまにか無くなっているので、時間をずらしてひっそりと済ませているのだろう。
そんなことより、と、薫は視線を泳がせたままの剣心をひたと見つめて続けた。
――薫ちゃんとこの食客さん、今日はえらく機嫌が悪そうでなぁ。
冗談言って笑わせようと思ったのに愛想笑いの一つもしてくんなかったからよぅ、おまけで付けようと思った野菜、入れ忘れちまったよ。
これ、薫ちゃんに渡すから持って帰ってくんな。それにしても食客さん、具合でも悪いんかい?
ほっぺたに湿布なんて貼ってたけどよ、もしかして薫ちゃん、喧嘩して張り手でもしたのかい?
「って言われたんだけど。剣心、具合悪かったの?」
「あ…いやぁ…具合は悪くはない…でござる」
「まさかとは思うけど、抜ちゃんに買い物行かせたんじゃないわよね?」
薫に問いつめられて剣心は口をへにゃりと歪めながら苦しい笑顔を浮かべた。
「あー…実は行かせました」
「……やっぱり。色々と危ないからまだ外出はだめって言ったじゃない。どうしてそんなことさせたのよ」
「いやぁ、今日は仕込みに手間のかかる品を作るつもりだったから、買い物に行く時間が惜しいなと思って…」
「はぁ…?」
理由を聞いて薫は間の抜けた声を出した。時間が惜しいから? この男は何を言っているのだろう。
ただでさえ理解の範疇を軽く飛び越えたこの状況を持て余しているというのに、これ以上面倒なことになったらいよいよ収集がつかなくなる。
緋村剣心が二人居るなどということが外の人間にバレたら一体どれだけの混乱を招くのか、薫は考えただけで頭痛がするというのに。
「まぁまぁ、今日だって八百屋のご主人に不機嫌だと思われただけで他に何事もなかったのだし、そんなに気にせずとも良いのではござらんか。
拙者たちが二人同時に居る所を見られなければ良いだけで」
暢気なことを言って剣心はお櫃の白米を茶碗によそい始めてしまった。深刻さが欠片も感じられないその緩い空気に薫は肩を落とす。
剣心はこの一週間、以前よりずっと昼行灯ぷりが増したようだ。どうしてこうも落ち着いているのだろう。普通ならもっと慌てたり、困ったり取り乱したりするはずなのに。
「それにずっと家の中に閉じこめておくというのも無理がある話しでござるよ。囲い者のように扱って、突然出奔でもされたらそれはそれで困るし」
差し出された茶碗を受け取りながら薫はしぶしぶ納得する。確かに、人間一人をずっと家の中に押しとどめて置くことができるかと言われれば、それはとても難しい。
「わかった…じゃあ外に出るなとは言わないけど…十分気をつけてよね」
こうして抜刀斎への外出禁止例はたった一週間で解かれた。
夕食を食べ終えて剣心が後片づけに台所に引っ込むと、薫は母屋から出て道場へと向かった。
明かりが消えて戸締まりもされた道場の入り口から中を覗いてみる。取り立てて夜目がきくわけでもない薫には、中の様子はよく見えない。
「抜ちゃん?」
呼びかけてみれば微かに人の動く気配があった。
「ここに居たのね」
入り口から射し込む月明かりがほんのりと中を照らす。目を凝らすと、道場の真ん中あたりに立つ抜刀斎の姿がどうにか見えた。
「私たちはご飯食べ終わったから、あなたもちゃんと食べてね」
「……わかった」
短い返事をしただけで、抜刀斎からはそれ以上の言葉はない。言葉はないが、こちらの様子をじっと伺っているのがわかる。
薫は中に入ろうかどうしようかを少し迷って、結局入り口から足を進めることはしなかった。
「もしかして寝る時もここに居るの? 客間に用意した布団、使ってないでしょう」
疑問に思っていたことを尋ねてみる。抜刀斎用にと準備した客間の布団は、一度も使われた形跡がなく綺麗に畳まれたままなのだ。
それは提供されたここでの暮らしを彼が拒絶しているようにしか思えず、薫の胸をざわつかせた。
「ここで寝る方が落ち着くの?」
布団も何もない道場で、彼はどうやって眠るのだろう。ここには固い床しかないというのに。壁に背を預けて座ったまま眠るのだろうか。――かつてのように?
「別に…どこで寝たって変わらない」
「変わらないなら布団で眠ればいいじゃない」
「…あそこは俺の部屋じゃない」
「……そう」
少しだけ抜刀斎の声に苛立ちが混じった。薫はそれ以上言い募ることを諦めた。
ただでさえ慣れない鋭利な彼の空気が、直接自分に突き刺さるようで嫌だった。
一人称に『俺』を使うその内面と、まだ真っ向から向かい合うだけの準備が薫にはできていなかったから。
「じゃあ…私はお風呂に入ってもう寝るから。お休みなさい」
じっとこちらを見ているであろう抜刀斎の視線から逃れるように、そそくさと薫は道場を後にした。
薫が風呂から上がって自分の部屋で寝る準備を整えていると、同じく風呂を済ませた剣心がするりと障子を開けて入ってきた。
生乾きの髪からはポタポタと滴が垂れている。
「ちょっとちょっと剣心、いつもちゃんと拭いてからお風呂場を出てって言ってるじゃない」
隣に布団を敷こうとしている剣心を制して自分の横に座らせる。肩にかけていた手拭いで髪を拭いてやると、
剣心は目を閉じてされるがままになった。陽の下では赤く明るいその髪も、水に塗れてしまえばその色は断然濃く暗くなる。
まして夜なら尚更だ。薫は風呂上がりの彼を見ると、まるで別人みたいだなといつも思う。
水を吸って重みを増した焦げ茶の長い髪を無造作に垂らした彼は、薫の目には毎回見慣れないものとして映った。
拭き終わってさて櫛で梳いてやろうかと薫が立ち上がると、途中で剣心がそれを止めた。
腕を引かれて重心を崩し、そのまま剣心の懐に倒れ込む。ごめんと言いかけて、袖から脇に入り込んで来た手に気づき薫は慌てた。
「ちょ、ちょ、ちょっと剣心。なに?」
「なにって?」
「手、手が袖の中入ってる」
「うん、入れてるからね」
そう言って脇から胸をすくい上げると、剣心は薫の首筋に顔を落とした。湿った舌の感触がだんだん胸元へ下っていく。
「やだ、何考えてるのこんな時に!」
「こんな時とは?」
胸元に吸いつこうとしていた頭を押し退けて薫が非難の声を上げると、剣心は間髪入れずに聞き返した。
「『あれ』が来てから、もう一週間もお預けの状態なのに、この先もずっとしないつもりなのでござるか?」
押しつけられた手の隙間から剣心が不満そうな視線を投げてくる。
剣心が『あれ』と呼んだのはもちろん抜刀斎のことだ。剣心は抜刀斎を『あれ』と呼び、抜刀斎は剣心を『あいつ』と呼んでいる。
二人が会話らしい会話をしている場面を見たことは、まだ薫にはなかった。
「だって、そんな、抜ちゃんが同じ家に居るのにそんなことできないじゃない」
「同じ家と言ったって、寝起きは道場でしているのでござろう。せっかく薫殿が用意した客間を無視して」
「それは…そうだけど…」
剣心が抜刀斎と分かれてしまった最初の日、二人の間で最も揉めたのは、どちらがどの部屋で寝起きをするかということだった。
これまで薫と同じ部屋で寝起きをしていた剣心は当然のように薫の部屋を主張した。そして抜刀斎も同じく薫の部屋での寝起きを主張した。
それじゃあ三人で川の字で寝よう、などという馬鹿げた結論になるわけもなく。
困った薫が『客間を用意するからそちらを使ってくれ』と抜刀斎に提案して、どうにか決着がついたのである。
『客間を使え』と言われた時の抜刀斎の驚いたような顔を、薫は今も覚えている。
そんなことを言われるとは思ってもみなかった、というような、愕然とした顔をしていた。
薫の部屋を勝ち取って満足そうに頷いている剣心を睨みつけながら、彼はぎこちなく薫の提案を了承したのだ。
「客間を使えなんて言って、悪いことをしてしまったかしら」
薫が肩を落として言うと、剣心はとんでもないという顔で首を振った。
「では拙者が客間を使って、『あれ』が薫殿の部屋で寝起きをした方が良かったのでござるか?」
「それは…」
「じゃあ三人で川の字が良かった?」
「まさか!そんなの変だもの」
「じゃあこれが一番良い選択だったのでござるよ。これが一番自然で、一番妥当。そんなことより薫殿…」
薫の腰を引き寄せて剣心が再び胸元に顔を落とす。引き剥がそうと伸ばした手をなんなく避けて、剣心は薫の夜着の裾に腕を突っ込んでしまった。
「あ!やだ、ちょっと剣心やめて!」
「一週間も我慢したのだから、これ以上は無理でござるよ」
裾から入り込んだ手が内腿を這いずり、あっという間に股の間に到達した。抱き抱えられた形で片足を剣心の足で押さえ込まれ、薫は身動きがとれない。
秘裂を指で擦りあげられ、びくびくと腰が跳ねてた。
「あっ、あっ、やだ、だめ…!」
「久しぶりだからゆっくり解してあげたいけれど、拙者もそんなに余裕がないから――」
二本の指が膣内に入り込んで、的確に薫が一番喜ぶ部分を刺激する。どこをどうすればこの身体の股の間が塗れるのか、とっくに知られてしまっている。
思わず薫が身を捩って腹ばいで布団に臥すと、そのまま背中から剣心が覆い被さった。
裾を捲りあげて丸い尻を一撫ですると、腰を持ち上げて起立した自分の物を秘裂に押し当てる。
止める間もなく一気に押し込まれて、薫は首を仰け反らせた。
「ああ!やぁ…!」
肉をこじ開けられる鈍い痛みと圧迫感で息が詰まる。
「んー、やはり一週間ぶりだと、ちょっとキツい、でござるな。でも十分塗れてるから、すぐに良くなる、よっ」
そう言って剣心は腰を動かし始めた。
「あ、あっ、やだ、だめ、気づかれ、ちゃう…!」
「そんなことは大丈夫でござるよ、道場まではさすがに聞こえない」
パンパンと肌のぶつかる音を派手に響かせながら、剣心は後ろから手を回して薫の敏感な芽を摘んだ。
「いぁっ、そこ、だめぇっ」
途端に薫の身体が魚のように跳ねる。膣内がきゅうと締まって、剣心は気持ち良さそうに眉を寄せて息を吐いた。
「薫殿は一緒にいじられるのが好きでござるなぁ。ほら、こうされるといいの?」
繋がっている部分から滴る液体を掬った指で、芽を撫でられる。
膣内を突き上げられながら、痛みを感じるギリギリ手前の力加減でそこを擦り上げられると、薫にはもう抵抗する術もない。
「ぁ、あっ、ああ…!!」
「おや薫殿、気づかれたくないんじゃ、なかったの? っ…そんなに大きな声を、
出したら…ンっ…聞こえるかもしれないで…っ…ござるよ?」
のし掛かった剣心が楽しそうに耳元で囁く。薫は布団に顔を押しつけて必死に耐えた。その間も剣心の腰の動きは早くなっていく。
「うぅ…ん――!」
行灯の光で、折り重なった二人の揺れる影が障子に映っている。
「ああ薫殿…気持ちいいよ…!」
「んっ、んんん――ー!!!!」
感極まった声を上げて二人の身体が大きく痙攣した瞬間、障子の隙間から入り込んだ風が行灯の火を揺らした気がした。
戻 進