誘惑 四











本当に


たいした意味も理由も無く





ただ






ただどうしても






そこに在る「違い」が許せなかっただけで






















「おい薫・・・・また、届いたのか?」


朝の稽古を終え着替えをしに部屋へ向かっていた弥彦が

玄関口で佇んでいる薫に訝し気に声をかけた。


「ええ・・・今度は玄関の中に置いてあったわ」

「もう今日で5通目じゃねぇか」






薫の手に握られた白い手紙を見遣り

弥彦の顔にはあからさまな嫌悪が浮かぶ。








はやくおいで、君を待ってる









「本当になんなんだよそれ・・・」

「やっぱり宛名も何も書いてないのよ」

「嫌がらせか? 警察に届けた方がいいんじゃねぇか?」

「文章も一行だけね」

「大体毎日姿も見せずにそんなもの置いてくなんて気味がわりぃ・・」

「すごく達筆なのよね」

「おい、薫」

「なあに?」

「本当に心当たりは無いんだろうな?」




「ええ、無いわ」











毎日届く

白い手紙

薫の部屋の文机には

届いた手紙が何通も

何通も積み重ねられて


段段と増えていく

真っ白い手紙


薫の部屋の中でそれだけが

場にそぐわない空気を漂わせて




どこまでも白い

真っ白い

その白さ 目に痛く






手紙が増えれば増えただけ

その白さが増しただけ

薫の目の痛みもまた












「そんなもの。早いとこ処分しちまえよ」

「ええ、そうね・・・今日にでも燃やすわ。 剣心と一緒に」

「目がどうかしたのか?」





目を押さえ薄っすらと涙を滲ませている薫に

弥彦が心配そうに声をかけた。







「ん、何でもないの。白いものをじっと見つめると

目が痛くなる事ない?」

「あー、そう言われればそうかもな」

「それより弥彦。あんた今日赤べこで仕事があるんでしょ?

時間は大丈夫なの?」

「あ! そうだやべぇ、遅刻する!」

「夕飯までには帰ってくるんでしょ?」

「いや、明日も朝早くから手伝うから今日はそのまま泊まってくる」

「あら、そうなの? ご迷惑かけないようにね?」

「お前と一緒にすんな」

「何ですって?」

「うわほんとに遅刻する! じゃあな!」

「あ、こらっ」









せわしなく身支度を整えて駆け出して行く弥彦を見送ると

薫は小さく息を吐いた。

手の中の白い手紙を見つめ、

もう一度息を吐く。














この白さが 目にしみるのは




この白さに 後ろめたいところがあるから




真っ白が 自分を責めているように 感じるのは




自分の「白」が真っ白ではないから




それにしても随分と



嫌味な事をするものだ




















廊下の反対から近づいてくる足音に

薫は顔を上げた。

白々しいその思惑に、苦笑を漏らしながら。




━━━足音なんて、いつもは立てないくせに━━━













猫のようにさらさらと

まるで自分の存在を消そうとするように

いつもは歩くくせに


こんな風に足音で

自分の気配を悟らせる事なんて

滅多にしないくせに







早く気づけとむずがる

子供のような













「薫殿。朝の稽古は終わったのでござるか」


いつもと変わりない 柔らかい微笑で

廊下の角から剣心が姿を見せた。


「ええ、終わったわ。お腹すいちゃった」

「朝餉の準備、出来ているでござるよ。弥彦は?」

「赤べこの仕事だって、飛んで行っちゃった」

「おろ。そうでござるか」

「汗かいたから、部屋で着替えてくるね」

「あい分かった。では居間で待っているでござるよ」

「ええ」




部屋へと足を向け

すれ違った瞬間

一瞬だけ

絡んだ視線

意味を見出す事はせず




すぐ側をすり抜ける汗の滲んだうなじに

伸ばしそうになった手を彼が必至に押さえた事も

気づかぬふりで





「あ、それからね、剣心」





2、3歩進んでふと足を止めた薫が

思いついたように振り返った。








「最近届く変な手紙、後で燃やすの手伝ってくれる? 一緒に」








剣心の空気が僅かに揺れる








「もちろん。いいでござるよ」








にっこりと

互いに微笑み合いながら

それぞれの方向へ足を向けた。












何通も届く 白い手紙

どこまでも白い

真っ白い



「待っている」と言うからには

待っているのだろう

自分から引きずり込みたい衝動を

強靭な理性で必至に

押さえつけて











自分の部屋に入ると薫の目は否応無しに

積み上げられた白い手紙に向けられる。

近づいて、つい先程見つけたばかりの新しい手紙を

その上に重ねた。







ちくちくと

目が痛む







視線を手紙から引き剥がして

着替えを取りに立ち上がった。

押入れを開ける。

























ばさり




















薫は目を見開いたまま

動けない。





ゆっくり ゆっくり

視線を下に

向けると












足元に散らばった

おびただしい数の

白い 白い

白い

手紙













「・・・・・っ・・」

声にならない悲鳴が

喉元までせりあがる






どくどく鳴り響く心臓の音を感じながら

ゆっくりとしゃがみ込み

その中の一通を手に取った。

震える手で、手紙を開ける。




























「・・・ふっ・・あはは。あははははっ」










どこまでも白い 真っ白い

真っ白いだけの

一行の文字さへ 書かれていない





彼はとうとう

しびれを切らし始めた。

















「やってくれたわね」





散らばった手紙を掻き集め

薫は立ち上がった。

手早く着替えを済ませ、部屋を出る。












どこまでも白い

真っ白い手紙

まるであてつけているような



なぜお前は白いのか と

なぜ同じ色にならぬのか と









ただそこに在る「違い」が許せないだけで


















さ あ も の が た り も 結 末 だ