誘惑 参







遠回しに物を強請る子供の態度を

背中を向けて無視するような

そんな心理







知っているのに 知らないふり







気づいているのに 気づかぬふり
















姑息なのは お互い様
















「おい、薫。玄関の前に何か落ちてるぞ」



出稽古からの帰宅。門をくぐると。

薫と並んで歩いていた弥彦が、

それに気づいた。







ひっそりと置かれた

白い 手紙







駆け寄って拾い上げた手紙に、弥彦は首をひねる。


「これ、昨日の朝お前が見つけたのと同じじゃねーか」

「ええ、そうみたい。また宛名も差出人も書いてないわ。変ね」





訝っているのにも関わらず

手紙を見つめる薫の顔には

感情の起伏が見られない。

気味悪がる とか

眉をひそめる とか。








遠回しに言われた頼みごとを

聞き流して黙殺するような

そんな心理








かさかさと音をさせながら

白い手紙が開けられる。












一緒においで、君を待ってる








どこまでも白い

真っ白い

その白さ 目に痛く






まるであてつけているような












「・・・っ痛・・」

ちくりと痛んだ目を押さえ

薫は微かに呻き声をあげた。





━━━この白さ 目にしみる━━━





「おい薫、大丈夫か?」

「ええ、なんでもないわ、大丈夫」

「それにしても妙な手紙だな。誰がなんでこんなことするんだ?」

「さぁ・・・・なんでかしら」

「なぁ薫。本当にお前、心当たりは無いんだろう?」





「ええ、無いわ」









はたしてこの時痛んだものは

目だけではないことは 明らか








「こんな所で、どうかしたのでござるか?」


玄関先に佇んでいた薫と弥彦の背後から

剣心の声が聞こえた。

剣心の手には買い物袋、

その中から大根がはみ出している。



「お帰りでござる、薫殿。出稽古お疲れ様」

「ええただいま。剣心もお帰りなさい。買い物に、、、行ってたの?」







「ああ、そうでござるよ」








「また変な手紙が届いたんだよ」

「また、でござるか?」

「ああ、やっぱり宛名も差出人も書いてないんだ」

「中身も一行だけ?」

「そう、一行だけ。多分剣心が買い物に出てる間に置いていったんじゃねーか?」

「ふむ。恐らくそうでござろうな」

「とにかく、中に入りましょう。お腹もすいたし」

「ああ、そうしよう。すぐに夕餉の支度に取り掛かるでござるよ」

「剣心、今日の夕飯はなんだ?」

「いい大根が手に入ったから、田楽にでもするでござるよ」

「やった!」





いち早く家の中に消えていった弥彦に続いて

玄関に入ろうとした薫を

剣心が呼び止めた。




「薫殿。その手紙の主に、心当たりは無いのでござろう?」

「ええ、無いわ。剣心も、無いんでしょう?」

「ああ、無いでござるよ」








絡んだ視線に「意味」を見出す事はせず

感じる熱を「意識」することも無く

















遠回しにぶつけられた要求を

微笑んで黙殺するような

そんな心理










簡単には くれてやらない









薫を見つめる剣心の目が苛立ちに歪み

奇妙に細められたのを

薫は背中で受け流した。














次 の 頁 を め く る の は 誰 だ