「おはよう。剣心」
「おはよう。薫殿」
あたたかい湯気の 空気
味噌汁の 匂い
規則正しい
包丁の
音
「よく眠れたでござるか?」
振り返った瞬間に
弧を描いて揺れる
紅い
髪
「ええ、よく眠れたわ。剣心は?」
「ああ、拙者も、よく 眠れたでござるよ」
「御免なさいね。いつも朝ご飯つくらせちゃって」
「いやなんの。これが拙者の仕事でござるから」
「もうすぐ出来上がるから、居間に運んで食べよう」
「ええ。私も手伝うわ。そう言えばね、剣心」
「手紙が届いたのよ」
「手紙、でござるか?」
「うん、多分」
「多分、とは?」
「それがね。宛名も差出人の名前も無いのよ」
「それはまた面妖な」
「中身もね、一行しか書いてないの」
「一行?」
「そう一行」
「なのに薫殿は『手紙』だと?」
「・・・・・・・・」
「宛名も無い、差出人も分からない、たった一行の文章を」
「・・・・・・・・」
「薫殿は『手紙』だと?」
「やっぱり誰かのいたずらね、きっと」
「文面はなんと?」
「たいしたものじゃないのよ。意味もよく分からないし」
「文面にはなんと?」
「・・・・・・・・」
「ここまでおいで、君を待ってる。って、書いてあったわ」
「あとはこのお浸しだけ?」
「ああ、それで全部でござるよ」
最後のおかずを食卓へと運びながら
薫は襷がけを外している剣心を振り返った。
「あの手紙、剣心も、心当たりは無いんでしょう?」
俯いた顔を覆う紅い髪
隙間から見上げた、色素の薄い瞳
「ああ、無いでござるよ」