誘惑 壱













「あら、何かしら」

道場の門を開けながら、薫は呟いた。






ひらり と

舞い落ちた

何か




ひらり 白い

ひらり 手紙






どうやら道場の門の隙間に

挟んであった

ものらしい。



「手紙かしら」




拾い上げて見返して

薫は小さく首を傾げる。







地面に落ちたその手紙

宛名は無く

差出人の名さへ無く

ただ真っ白い

どこまでも白い和紙だけが

幾度か折りたたまれただけの
















その白さ 濁る事無し













くらり。

「・・・・!?」



訳も無く眩んだ視界に、

薫はまたも首を傾げた。








━━━この白さ 目に痛い━━━










つんと痛んだ目を押さえると、

滲んだ涙が少しだけしみる。
















はたして










はたしてこの時痛んだものは

本当にその目だけなのか




はたまた違う何かなのか




いずれにせよ




薫は「しら」を切ったのだ。











「変ねぇ。宛名も無ければ差出人も・・・」


そう言いつつも薫の両手は

迷うことなく動いていた。


かさかさと音をさせながら

白い手紙が広げられる。







この手紙を私が開ける

それは当然で、自然な事



如何してそう思うのか

薫はその疑問さへ

意識の外に追いやった。






薫は「しら」を切ったのだ。



















「一体何なのかしら。たったこれだけ?」


広げた手紙をまじまじと見つめ、

薫は眉をひそめた。










書いてあるのはたった一行

真っ白い和紙の真ん中に

見事なまでの達筆で















ここまでおいで、君を待ってる












何処まで来いというのか

誰が待つというのか

そんなことは一つも

書かれてはいなかったけれど。

















「おはよう、弥彦」

「おお。おはよ。なんだ、道場の門でも開けてきたのか?」

「そう。外の空気を吸うついでにね」

「その手に持ってるのは?」

「ああ、これ? 門の間に挟んであった手紙みたいなんだけど・・」

「手紙?」

「おかしなことに宛名も差出人の名前も無いのよ」

「はぁ?なんだそりゃ」

「しかも書いてあるのはたった一行だけだし。それもよく意味が分からないの」

「誰かのいたずらじゃねーのか?」

「うーん・・そうかもしれない」

「心当たりは無いんだろ?」







「ええ、無いわ」














薫は「しら」を切ったのだ

















さ あ 、 も の が た り が は じ ま っ た