今にも雨の降りそうな 鉛色の空の下。

時刻は間もなく 昼をさす。























洗濯を終え、自室の掃除をし、

剣心は昼餉の支度に取り掛かろうと

立ち上がったそのときの事だった。



「・・・ん?」



小さな小さな違和感。



それが何なのかは ぼんやりと霞みがかりよくは解らない。

はて・・・と首を傾げ、そのまま台所に向かう。























程なく、鈍い空に 暖が広がるかのような 

やわらかな匂い。

昼餉を卓に用意し、待っているであろう 彼の人の名を口ずさんだ。



「薫殿ーっ!昼餉の支度ができたでござるよー!」



いつもであれば 遠く遥かから聞こえる小さな返事と

段々近づく 足音を聞いてから 櫃を開け、

湯気と共に その姿を出迎える。



が、今日はその声も、音も 無い。

障子を開け、顔を出して様子を伺うも

一向に音の聞こえる 様子は無い。



また、違和感が走る。

今度は共に 妙な胸騒ぎ。



その内に、待つことに恐怖を覚えた剣心は

自分から出迎える手段に切り替えた。

襷を外し、襟を整え 袂を振って 自分を落ち着かせてみる。

静かに静かに障子を開けると 廊下の板木に足を乗せた。





―――ギィッ

音は続かない。






もう片足。





―――ギギィッ



沈黙。























自分が立ち止まれば 全てが眠りについているかのこの家。



「薫殿、何処にいるでござる?」



今朝は稽古もないし、

出稽古にも行くなどと言う話も聞いてはいない。



「薫殿?薫殿ーっ?」



耳が痛くなるほど静かな空間に 吸い込まれゆく自分の声。

気付かぬうちに 大きくなっている自分の声に驚きつつも

今はそれどころでは、ない。

愛しい人は どこにも居ないのだ。

道場も、部屋にも、土間にだって、

風呂場や 厠からも声はない。

いや、気配一つない と、言った方が適切だ。

この家の中からは、生物の息吹が まるで感じられない。























しかしだ。



しかし薫は 黙ってこの家を出るようなことはしない。

今までだって、そのようなことは一度も無い。

必ず行き先を告げ、定時には帰ってくる。



自分が京都に行ったときのような辛さを 俺には味わせたくないから、と。



にっこり笑って そう言った表情すら、今の剣心には恨めしい。







―――じゃぁもし、味わせたかったとしたら・・・?







俺に淋しさを、辛さを、しらしめたいのなら?

自分の味わった癒えぬ苦痛を 俺に刻みたいほど怨んでいるとしたら?





御剣流の“先読み”が 要らぬ警鐘を鳴らす。





今までの生活が、今日のこの日の下準備だったとしたら?

薫殿の優しさが、俺を谷底に突き落とす為の 偽りのものだとしたら――――?













「薫殿、薫っ―――!」



ドタドタと静寂を払うかのように わざと足音をたてて走り回る。

障子を、襖を、一枚一枚叩き開け 

それはまるで、無くした宝を 宛てなく探す童のよう。























部屋から また廊下に出たところで、

床に一つ染みが広がる。



「雨、か・・・。」



しかし見上げる鈍色の空は 泣き出すにはまだ早いようで。

上を向いた拍子に 降ってもいない雨が 頬に落ちた。



「俺は・・・。」



自分の体内から溢れ出る 雨。



「・・・泣いているのか?」



















涙に入り混じる モノ。























最後の障子を開けたとき、真っ直ぐ飛び込む空の部屋。

絶望と焦燥に駆られるも

さらに其の先に見える 文机に

細い線の走り書きが一枚、目の端に留った。













































「人誅」













































その横に並ぶ、小さく小さく添えられた文字たち。













































「父の恨み 此処に晴らさん」













































どんな刀傷の痛みにも耐えよう。



どんな恥辱も 進んで受け



石礫の混じった罵声も浴びよう。

























だが、こんな罰に耐える術を 俺は知らない―――。























何一つ殺さず、

爪の先程の 破壊も無い。



一滴たりとも血の流れない

至極の人誅。





―――――壊れたのは、俺の心 ただ一つ。



































「かおっ、かお・・・る。カオ・・・ル・・・・・・」











































裏口の向こうで 口端に笑みを浮かべた少女が一人。



「剣心、貴方の涙。とても綺麗よ。」













































あとは、

地面を叩きつける 雨の音

二度と振り返らぬ 下駄の音



そして



何度も同じ名を呼びつづける音と

涙の落ちる 極静かな、音。


































ふふふふふ!
そらさんから・・・頂いてしまいましたよ・・!
先日お粗末なイラストを半ば強制的に押し付けましたらばね、
そのイラストからこのようなお話を生み出してくださったのです。
これが嬉しがらずに居られましょうか・・・。
自分が描いた(もしくは書いた)ものから、
他の方がまた別の作品を生み出してくださる。
これって実に素晴らしく嬉しいことですよね。

しかも今回のこのお話し、
『ほんのり つむりさん宅仕様』だと言うではありませんか!
わざわざ私の好みに合わせて書いてくださったのですよ!!(←勘違い)
いやいやいや。
あのような情けない緋村さんイラストをお送りしただけで
こんな良いものが貰えるとは。
しめしめ。味をしめたぞ。(コラ)

緋村さんが泣くとしたらやはり薫ちゃん絡みなことは間違いないと思っています。
ジワリと感じる恐怖と緊迫感。私が何より表現したいものです。
そらさんは確実にそれを感じ取ってくださったのだと
この際私は自分に都合良く決め付けました(なんて迷惑な)。
私の満腹中枢は確実に満たされております。むふvv

そらさん、本当に有難うございました・・・!



問題の「泣きベソ緋村」はコチラ→







モドル。