暗くて重い世界だった。
鉄錆の微かな匂いもした。
胸を掻き毟りたくなるような嫌悪感と
そして妙な懐かしさと。

嗚呼戻ってきた

此処が本物だ











カソウ








右も左も見えないまま歩く。
自分の身体すら見えなかった。
どこに向かうでもなく彷徨うだけで、
ただ足の裏に伝わるヌルリとした何かと、
動くたびに鼻に入り込んでくる生臭い匂いだけが。

でもそれでいいと思った。
その方がいいと思った。

現実ではないけれどある意味此処が現実なんだ。
そして他の何よりも相応しいに違いない。

それにしてもこの、鼻をつく生臭さだけは、何とかならないものだろうか。
それからこの、足に伝わるヌルヌルとした感触も。
さっきから随分と歩いているのに、どちらも全く無くなる気配は無かった。

ふいに身体が傾いた。
あ、滑った、と思ったすぐあとには、腰をしたたか打ち付けて倒れていた。
びしゃっという音がして、地面についた背中が湿った。
嗚呼だから嫌なんだ。
結局最後は、いつもこうなる。

別にこのまま死体のように転がっていてもいいのだけれど。
それはやっぱりあんまりだと思うので、不満だらけの思考を抱えたまま身体を起こす。
手をついて起き上がろうとしたら、自分の右手でカシャンという音がした。
ああなんだ。刀だ。
そうだった。刀を持っていない自分なんて有り得ない。
馬鹿みたいだ。忘れるなんて。

刀を杖にして起き上がろうとするけれども、
足がツルツル滑って立てやしない。
上手くいかなくて、泣きたくなった。

生臭い匂いがいっそう増して、いよいよ込み上げてくるものがある。
吐きそうだ、と思って、
そう思って実際に吐いたことなんか今まで一度もなかったことを思い出す。
馬鹿みたいだ。忘れるなんて。

此処はどこもかしこも真っ黒で、だから一面の血溜りも見えない。

下手に明るいところでは、逆に疲れるばかりだ。

「疲れたって何だって、叩き起こすわよ」

突然左腕をつかまれた。
暗い中で自分を鷲掴んだ白い腕だけが、ぼんやりと浮かび上がる。
有無を言わさず、腕が引かれた。

嗚呼止めて。俺を引きずり出さないで。








「剣心。起きて」

聞き慣れた声が耳から脳を直撃して、それ以上にその声には脅迫紛いの迫力があったから。
目を開けないわけにはいかなかった。
ゆっくり目を開けると、すっかり小奇麗に身支度を整えた彼女が、
自分の両腕を引っ張り上げているところだった。
自分の頭が枕から浮いて、赤毛がダラリと垂れ下がっている。

「わかった・・薫殿・・起きるから・・放して・・・」

我ながら泣きそうな声だった。
自分を見下ろす彼女の目に、何の感情の起伏も見えなかったので、
それが逆に痛かった。

「また寝たら承知しないから」
「うん、わかってる。ちゃんと起きます・・」


「何度だって引きずり起こしてやるから」
「・・・お手柔らか・・に」


「楽な場所なんて何処にもないのよ」
「・・・・・・・」






「ずっとのたうちまわりながら生きていくの」













自分は神谷薫に愛されている自信がある。
そしてそれと同じくらい、嫌悪されている予感もあった。
自分を低めてしまえば、そっちの方が楽だと算段をつける無意識すら、
彼女は絶対に赦さない。
俺に執着がある分だけ、俺を赦さない。







愛されている。














モドル。







短っ・・!!
なんだこれは。短文にもほどがあるってもんだよ・・
あー・・一応解説モドキでも・・・(遠い目)
題名の「カソウ」は「仮想」で「火葬」で「下層」です。
まぁどれにも当てはまるかなぁと。
いや、無理は重々承知。
相変わらず拙宅の薫さんは血も涙も無い人です。
酷いヒト・・!!(涙)
でも緋村さんをとても好きです。
だから赦せないだけなんです・・多分。


'04.06.27