髪は女の命とか申しますれば


その髪に触れるのはぜひとも


自分だけにしていただきたい






















離れたがらない瞼を無理やりにこじ開けて、
薫はいつものように気だるげに起き上がった。

気を抜くと布団に戻ろうとする身体を叱咤して
なんとか布団から這って出る。
















眠い















溶けそうなほどに眠い









ああ・・・

立ち上がって着替えをして

髪を梳かして結わなくては・・・・










眠い・・・・・・








まだすっきりと晴れない頭を抱えていると

襖の向こうによく慣れ親しんだ気配が近づいてきた








「薫殿」









「お目覚めでござるか」








「・・・・ええ・・・・」

「すぐに起きて行くから・・・・」


少し舌ったらずな口調でなんとか言葉を紡ぎ出すと

微かに剣心は微笑んだように


「まだ意識がはっきりしないのでござろう・・?
 どれ・・・少し失礼するよ」





スルリと襖を開けて影のようにするすると

剣心が薫の部屋に入ってきた。










普段ならば顔を赤らめて恥じらいもしようが

何分今は寝起きで

どうにも意識がはっきりしない

ぼんやりと剣心の動きを目で追って

大きなあくびを一つ




するとまた剣心はくすくすと

「これこれ薫殿
 花の乙女が生あくびでは、世の人たちに笑われるよ」





『余計なお世話よ』と薫は言ったつもりだったが

実際はむにゃむにゃと眠そうな声が漏れただけだった。



再び夢の中へと沈みそうになった意識を

後頭部に感じたヒヤリと冷たい感触が呼び戻した

視線だけを後ろに向けてみると



するりするりと剣心が






薫の髪を梳いている





男にしては細く長い

それでも少し骨ばった剣心の指が

右手には鼈甲の櫛を

左手には薫の黒髪を



髪を少しも傷つけぬように

ゆっくりと






自分でやるから、と

薫が言うよりはやく

剣心が




「薫殿。拙者が髪を結ってあげようか」


「リボンも拙者が選んであげよう」


「夜になったら髪を洗うのも」


「全部拙者にさせて欲しい」



聞こえるのは水に響くような剣心の声と

櫛が髪を滑る音だけ




「髪を結ってくれるのはいいけど・・・
洗うのは駄目」






「何故?」







「だって髪を洗うには・・・・・・一緒にお風呂に入らなきゃいけないじゃない」

薫が恥じらいながらそう言うと、また剣心の忍び笑いが聞こえてきた。




「何を今更
黒子の数まで言い合える仲だと言うのに・・・・
風呂に入るぐらい」

「そういう問題じゃないのっ」


しゃあしゃあと恥ずかしいことを言ってのける剣心に
薫の頬がますます赤くなる。


しばしの沈黙が訪れると
再び部屋に響くのはさらさらと髪を梳く音だけになった。



髪を引かれる規則正しい振動が

薫から遠のきかけた眠気をまた引き戻す。




「ふむ。ならば風呂でなくとも良いよ。
桶にお湯を汲んで縁側で洗えば良い」




剣心の声もどこか遠くに感じる。




「どうして・・・そんなに・・・髪・・・」




剣心に問い掛けた薫の言葉は最後まで呟かれることなく

薫は再び眠りの中に落ちていってしまった。





眠り込んで力の抜けた薫の身体を懐に収めながら

剣心は尚も薫の髪を梳いている。










さらさらと

さらさらと















「髪は女の命とか申しますれば

貴女の髪もまた、命なのでござろう

髪に触れたぐらいではどうにもならないと知りつつも

それでもやはり

その命に触れるのは拙者だけでいたいからね」















「貴女の命は、貴女にさえも渡さぬよ」







甘く歌うように囁いた剣心の言葉は

薫にとっては子守唄にしかならぬようだった




















意味不明で面目ない
さらっと読み流していただけると有難し