I don't like him.
But I love him surely.
<中編>





いつもいつもいつもいつも
俺は彼女を見つめている。

彼女はいつも逃げるけれど。

やっと会えたのに。
28年も生きて
28年も彼女のいない人生を歩いて
やっと見つけたというのに。

こんなに



想っているのに。



ほらまた
彼女は逃げるように走り出す。
追いかけても追いかけても
彼女は足を止めない。

イライラする。














いつものように急激に意識が浮上し、ゆっくりと目を開けた。
ベッドから起き上がって時間を確認する。
午前5時。
目覚ましは毎日セットしているが、お世話になったことはない。
いつも鳴る前に目が覚めるから。
今朝も自然に目が覚めたはずなのに、気分は冴えない。
あの夢を見るといつもそうだ。

「・・・夢でもけっこう堪えるんだよな・・・なんで逃げるんだよ・・」

ここで落ち込んでいても仕方ない。学校に行く準備をしよう。

顔を洗って歯を磨いて、長く伸びた髪を適当に結う。
長くて紅い、彼女が大好きだと言ってくれた髪。だから今でも伸ばしてる。
朝食はあんまり食べない。
というか自分のために作る食事には興味が無い。
必要最低限のものしか置いていない部屋を見回すと、どうしても人恋しくなる。
いや、正確には『彼女』が恋しくなるのだけれど。
無造作に選んだネクタイを締めて、いつものようにマンションを出た。

学校に着いて今日の時間割を確認すると、沈んでいた気分が一気に晴れた。
同僚の高荷先生が近づいてきて「何かいいことでもあるんですか?」と聞いてきたけれど
適当に笑って誤魔化しておいた。

今日は一時間目に彼女のクラスの英語がある。

朝のHR終了を告げるチャイムが鳴り、いそいそと授業の準備をして職員室を出た。
少しでも早く彼女の顔が見たい。
前回の授業の時は彼女は欠席だった。
出席をとるときにそれとなく他の生徒に尋ねてみたら、早退したとのことだった。
それまでも何回か欠席していたことがあったので、もしかしたら

避けられているのかもしれない。

目的の教室へと続く廊下の最後の角を曲がると
反対側の角に、長い黒髪とリボンが消えていくのが見えた。
思わず足を止めて呆然とする。
見間違えるはずはない。彼女だ。
教室に入ってクラス中を見回すと、やっぱり彼女は居なかった。

「ええと・・・居ないのは・・神谷さんだけかな・・
どうしたのか誰か知ってる?」
「あー・・・・なんかちょっと具合悪いみたいで・・・」

これで決まった。
彼女は俺を避けている。明らかに。

イライラする。




初めてこの学校に来た日のことを、今でもよく覚えている。
28年も待ちに待って、やっと願いが叶う日だった。
結婚退職する英語教師の代わりに来てくれないかともちかけられた時
最初は断るつもりだった。
見るだけでもと渡された資料の中の生徒名簿に、彼女の名前を見つけるまでは。
『2年1組 神谷 薫』
それまで生きてきた中で一番といっていいほど、心臓が高鳴った。
やっと見つけたと、やっと会えるのだと、
叫びたいほど嬉しかった。

だから彼女が俺の事を覚えていないと分かったときはショックも2倍だった。

後学期が始まる始業式の日。
校長からの紹介も終わり、生徒たちがそれぞれの教室に向かい始めたとき。
さりげなく彼女の近くをすり抜けてみたのに、彼女は全く反応を示してくれなかった。

俺はこんなに待っていたのに
俺はこんなに会いたかったのに
俺はこんなに恋焦がれていたのに

彼女は少しも俺の事を覚えていないというのか?

そんなこと絶対許さない。



最初の授業の時も、感情を抑えるのに一苦労した。
教室に入って、自己紹介をして、生徒たちから質問攻めにあって。
今にも彼女に駆け寄って抱き締めて連れ去ってしまいそうな自分を抑えるのは大変だった。
特に彼女と目が会った時。

嬉しい嬉しい嬉しい 会いたかった
愛しい愛しい愛しい 一度だって忘れなかった
悲しい悲しい悲しい 何故君は覚えていない?
憎らしい憎らしい

俺はこんなに想っているのに

彼女の顔色が変わったことに気づいて慌てて視線を外し、生徒の質問に答えることに集中した。
彼女が覚えていないのなら仕方が無い。
思い出してくれるまで待てばいい。

でも彼女はなかなか思い出してはくれなかった。
授業の度に。廊下ですれ違う度に。
こんなに彼女を見つめているのに。




ふと気が付くと授業終了のチャイムが鳴っていた。
「じゃあ、今日はここまで。次回は220ページの文法から入るから、予習はちゃんとしておくこと」
手早く荷物を片付けて、足早に教室を出る。
うしろの方から「ねぇ・・なんか今日の先生機嫌悪くなかった・・?」という
生徒の会話が聞こえてきたけど、気にも止めずに廊下を進んだ。

昼休みに入るのを待って、彼女を探しに出た。
彼女が第二図書館によく居る事を、実は知っている。
だてにずっと見ているわけじゃない。
今もサボッって時間を潰すとしたら、そこに居るに違いない。


もう待たない。




後編 へ つづく